ひつじさんぽ

30代夫婦のシドニー暮らし × 留学・英語 × ワイン

たった一年で変わっていった海外生活についての考え方

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オーストラリアでの生活が二年目に入りました。

ここに来る前は新しい暮らしを色々想像しドキドキもワクワクもしましたが、一年で気持ちの変化がたくさんありました。

今、海外生活が良いか悪いかだけでなく、とても冷静な気持ちでいます。

この気持ちを残しておきたいと思い、ブログに書いてみることにしました。

※オーストラリアで暮らすことになった理由はこちら⇒アラサー夫がオーストラリアの大学院への留学を決め一人で渡豪したおはなし

 

 

オーストラリアで一年暮らして思ったこと 

やることやったら必ず日本に帰る 

海外生活になんとなくの憧れと明るいイメージを描いていた頃は、「もしかしたらこの先ずっとオーストラリアに住むことになったりして…」などと考えていました。

でも今は「やることやったら必ず日本に帰る」と決めています。

理由の一つとして、夫の目標が全くブレていなかったことがあります。

私は、夫に訊ねました。

「働き方も暮らし方も日本よりだいぶ余裕があるこの生活を経験してしまったのに、なぜここに永住したいという思考にならなかったのか」と。

夫は、オーストラリアでの経験を日本に持ち帰り、自分が働く日本の業界を盛り上げたい、という想いは変わらないそうです。

私の場合、最大の理由はまさかの「食」です。

 

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海外生活はキラキラしていない

30代半ばで初めて海外暮らしをしても、世界が急に輝くことはないと確信しました。

憧れも繰り返せばすぐに日常となります。

むしろ苦しい思いをすることが多く、孤独感と自信喪失感ばかりが増えていきます。

ただ、ここで一足止めて今後の人生を考えることができたのは良かったです。

仕事に出てもきっかり8時間で帰ってこられるので、本を読み料理を作り、生活を整え思考を巡らせ、丁寧に暮らすことができました。

忙しい毎日でしたが、東京で働いていた時の方が自分も周りもキラキラ(ギラギラ?)していたかも。

※よろしければこちらもお読みください⇒夫を海外留学に送り出した後に妻の私がやったこと

 

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海外で暮らせば英語が話せるようになる

「海外で暮らしただけでは英語は話せるようになりません」という言葉をよく聞きます。

「そんなこと言ったって少しくらい…」と甘い考えを持っていましたが、びっくりするほどなりません。

私のような英会話初級レベルは、仕事で使う英語も決まってきますし、それ以上話さなくてもとりあえず仕事は進むしお金ももらえます。

オーストラリアの大学院を出て会社では部下を持つ夫ですら、毎晩寝る前に英語の勉強を続けています。

※よろしければこちらもお読みください⇒英語コンプレックスの私が一年間海外で暮らして

 

英語を勉強する理由

一年前は「海外に二年住み日本に帰ってきてTOEICを受ければ、点数もあがって履歴書に書けるかな」などとお気楽なこと考えていました。

私は、海外ドラマで英語の勉強中 教材に選んだ「グッド・プレイス」の魅力という別の記事でこのように書いています。

私の英語を学ぶ原動力は、仕事で迷惑かけたくない、心地悪い思いをしたくない、悔しい思いをしたくない、ということだけです。

今の私にはTOEICの点数もIELTSのスコアも必要ありません。

ここで楽しく暮らしていくためにこの「居心地の悪さ」を乗り越えなければいけないのです。

抽象的ですが、一年間ずっと居心地が悪くて自信のなかった私は、この勉強を通じて「英語を話す時自分の気持ちが晴れた」なら、それがひとまず目標達成だと思っています。

私が英語を勉強する理由は「居心地の悪さを解消すること」に変わりました。

 

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自分は少しも「できる女」じゃなかった

シドニーで味わった挫折は数知れず。

この先も何かに躓くのではないかとビクビクしています。

長年続けた仕事で管理職になったのに、オーストラリアで全く通用しなかったんです。

日本では少しばかりできる女かもと思っていた私のプライドは粉々になりました。

でも一度「無」になって、まだまだ新しいこと吸収できるはず、と思い直すことができました。

ブログを始めたり、英語を徹底的に勉強し直したり、諦めるわけではなくやり直そうと考えるようにしています。

※よろしければこちらもお読みください⇒シドニーで合格率95%超えのRSAに落ちた恥ずかしい失敗談

 

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家族の時間を大切にする

6年前、2週間の結婚休暇を終えた時、「この先家族で2週間も一緒にいられる時間は定年退職するまで取れないだろうな」と覚悟しました。

オーストラリアで夫とゆったり生活をして、日本に帰っても家族の時間を犠牲にしたくない、と思うようになりました。

夫の目標を応援したいと思う一方、そんなにあくせく働かなくてもいいよ、と言ってしまいそうになります。

 

きちんとどこかに属したい

結婚していても仕事を辞めて留学しに行くくらいなので、結構自由な夫婦だと認識していましたが、今回のコロナウイルスのことがあってかなり考えさせられました。

私は仕事を失い、夫もお給料が30%カットされています。

でも今のビザでは、日本からもオーストラリアからも経済支援が受けられません。

日本では自宅待機になってもお給料が振り込まれ、10万円の支援金を受けられる様子を見ていると、自分たちの不安定さに頭がクラクラします。 

夫は今回会社のギリギリの判断で職場に残ることができました。

これからはちゃんと地盤を固めつつ、今回の絶望寸前になった気持ちを絶対忘れず、もしもの時にも生き残れるように努力しようと誓ったそうです。

 

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おわりに

ポジティブばかりでない気持ちの変化でしたが、これまでの選択に後悔は全くありません。

何もかもやってみなければ分からなかったことなので、良いこともつらいことも経験できて良かったと思っています。

 

お読みいただきありがとうございました。